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このblogは、病を乗り越えるために「勇気と・希望と・使命の炎を!」
あたえる、池田先生のご指導と、御書と体験談のサイトです。 ======================================= mixiのサイトを開設しました。 コミュニティ名は「SOKA薬王の集い」です。 mixiの招待を希望する方はメール下さいネ(^^) <SOKA健康勝利のホームページへ> ★健康勝利の掲示板 健康に関する体験談・悩みなどを語り合う掲示板です。 ★薬王メンバーの掲示板 健康の為に働くことを職業にしているメンバーが語り合う掲示板です。 ★ゲストブック ご意見・ご感想・足跡、よろしくお願いします。(^o^)丿 『健康』とは何か。その結論は『菩薩の生命』です。 人のために戦い続ける一念――それが真の『健康』だと私は思う。 ただ”健康食品“を食べ、自分のことだけ考えて、安楽な暮らしを願う―― それが健康だとは思わない。 『健康』を象徴する薬王は、信念に『殉教』した菩薩であった。『戦う生命』それが『健康な生命』です。 『法華経の智慧』第6巻47㌻ 本当の健康とは、朝起きて頭がさわやかとか、 手足が痛くないとか、それだけでなく、朝飛び起きて、 なすべき目標がある人が本当の健康な人である。
「日眼女造立釈迦仏供養事」
「頭をふれば、かみゆるぐ心はたらけば身うごく大風吹けば草木しづ かならず・ 大地うごけば大海さはがし・教主釈尊をうごかし奉れば・ ゆるがぬ草木やあるべきさわがぬ水やあるべき」(1187ページ) (通解)頭を振れば髪の毛がゆれ、心が働けば体が動く、大風が吹けば 草木がなびき静かではいられず、大地が動けば大海もゆれさわぐ(津 波など)。教主釈尊(御本尊)を(信心で)動かすなら、動かないものが あるだろうか、何もない ◆信心の姿勢を教えられている御文です。 ◇妙法の当体である御本尊を「うごかして」いくには、まず自分自身の一念を "強く動かす"ことが必要になります。すなわち、"絶対に信心で解決(実現)しよ う"と強い決意をすることです。そして、「何を、いつまでに、どうするのか」 という具体的な目標を決めることです。決意と目標を明確に、一念を定めた強い 祈りで、生命力(行動に変わる)と智慧(方法・手段)を引出し、最大の努力と 工夫で実戦したとき、勝利の実証を示すことが出来るのです。 ◇「できない」という理由、「無理だ」という理由は、いくらでもある。厳しい ということもある。だから、祈って闘うんではないでしょうか。厳しいから信心 で闘うんです。祈りを強く、信心で闘うから広宣流布が進む。功徳と福運が残る んです。 *心というのはわずかです。そのわずかな心が全てを決めるんです。 ・だから、できないと決めるのも自分、ダメだと決めるのも自分、やろうと決め るのも自分、いやだと決めるのも自分です。信心というのも、すべて自分の一念 で決まるんです 先生がいつも言われる"心こそ大切"なんです。どういう心で頑 張ったかなんです。一念の因果なんです。 だから、イヤイヤやるのか、喜んでやるのか、苦しんでやるのか、楽しんでや るのかやっていることは同じでも結果は実に違うんです。苦労はあってもあとに 功徳と福運が残るんです。 *そんな事できないとか、あの人はダメだわ、とか、決めて拝んでいるんです。 "どうせ、できませんよね御本尊さま"って祈っている。できないように叶ってし まうんです。行動は常識でなければなりませんが、世間の考えること<常識> で はなく、こんな病気治るわけないとか、できないとか、いっぱいありますよ、で もできるんです。これは非常識ですね。信心は常識で考えてはいけないんです。 常識でダメだから御本尊に祈るんです。ある意味で、非常識の祈りをすれば非 常識の願いがかなうんです、常識の祈りをするから常識の願しか叶わないんで す。心理的限界は自分でつくるんです。"どうせできないよね"と思っている。凡 人――何もできない。いろんなことをする人は、プラス思考なんです。できる人 は、どうすればできるか――と 考えている人 *ぜんぶ自分なんです。できないと決めないで、"やろう"と決めるんです。そし て、御本尊に祈ればいいんです。そこから、力が出てくるんです。 極端な話し、出来ないと決めれば御本尊不信です。信心に不可能はないのです から。不可能を可能にするのが信心ですから。"できる"と決めて祈り実践です。 *素直に強く、御本尊に祈っておまかせしていけばいいんですね。頭の中でゴ チャゴチャしないことです。「ご無理でしょうね」とかではなく、「ご無理で も、お願いします」と祈ればいいのです」素直に強く、御本尊に祈ればいいんで すね。
心から血を流したことのない人間が、どれほど、つまらないか。
どん底を見たことのない人生が、どれほど味気ないか。 つまずき、立ち上がるたびに、本当の人生を学べるのだ。 耐えて生きている人の心もわかるのだ。
日蓮(にちれん)並(なら)びに弟子(でし)・檀那(だんな)共(とも)に霜露
(そうろ)の命(いのち)の日影(ひかげ)を待(ま)つ計(ばか)りぞかし、 P504 日蓮と弟子・檀那がともに苦しんでいる今の時というのは、 霜(しも)や露(つゆ)が、朝の太陽に照らされて消えてしまうように、 ほんのわずかの期間のことです。
先生(戸田)は、さまざまな課題に直面する青年を、こう励まされた。
「人生は割り切ることだ。自分がこうしたい、こうありたいと考えることを、 まず“こうするのだ”と決めきってごらん。それが哲学だよ」 創価wiki より抜粋
<自殺者>8年連続で3万人超える 20~30代で増加
20~30代の若者の自殺者数が前年比で5%以上増えているのが特徴。原因・動機は「健康問題」と並んで「経済・生活問題」が目立っている。 社会の将来を支える若年層の苦悩ぶりをうかがわせる結果になった。 動機のトップは「健康問題」1万5014人(46.1%)。 次いで「経済・生活問題」7756人(23.8%) 「家庭問題」3019人(9.3%) 「勤務問題」1807人(5.6%) 遺書を残しており動機が明確な30代1409人のうち 「健康問題」452人(32.1%) 「経済・生活問題」は412人(29.2%) 20代では976人のうち 「健康問題」313人(32.1%) 「経済・生活問題」177人(18.1%)――だった。 毎日新聞 - 6月1日より抜粋 # by kon890 | 2006-06-02 11:03
「潮」 二月号・ヒューマンストーリーより
『「自分のために」としか考えていない人間には、 自分の壁を破ることはできない。 「誰かのために」と常に願っている人には限界はない。』 田中美奈子
「21世紀文明と大乗仏法」を
1993年 ハーバード大学で講演を行った。 私は「生も歓喜」「死も歓喜」の生命観を論じた。 ただ、この折の講演では「死も歓喜」という点について、 十分に論ずる時間がなかった。 より深く展開するには----講演後も、さらに思索を重ねたものである。 文証を通してわかりやすく展開していくためには 例えば次のような御文が挙げられよう。 「松野殿御返事」 P1386 南無妙法蓮華経と唱へ退転なく修行して最後臨終の時を待って御覧ぜよ 妙覚の山に走り登つて四方をきつと見るならばあら面白や 法界寂光土にして瑠璃を以つて地とし 金の繩を以つて八の道を界へり 天より四種の花ふり虚空に音楽聞えて 諸仏菩薩は常楽我浄の風にそよめき娯楽快楽し給うぞや、 我れ等も其の数に列なりて遊戯し楽むべき事はや近づけり、 さらに「妙心尼御前御返事」P1480 霊山にまいらせ給いなば 日いでて十方をみるがごとくうれしく、 とくし(死)にぬるものかなと うちよろこび給い候はんずらん (通解) 「(もしも)今、霊山にまいられたならば、太陽が昇って、 十方の世界を見晴らすようにうれしく、『早く死んでよかった』と、 お喜びになられることでしょう」 ともあれ「生も歓喜」「死も歓喜」の生命観が確立される時、 人類の精神史は、新たな段階へ大きく一歩前進するといっても 過言ではない。 そして、ここにこそ戸田先生が展望しておられた、「生命の世紀」の 到来がある! 大聖人の仏法は、「死んでから仏になる」のではない。 「生きているうちに仏になる」のである。 ただいまに霊山にまいらせ給いなば日いでて十方をみるがごとくう れしく、 とくしにぬるものかなとうちよろこび給い候はんずらん (妙心尼御前御返事 p1480ページ) (通解) そして、妙法を行じ切って亡くなったならば、どうなるか。 「(もしも)今、霊山にまいられたならば、太陽が昇って、十方の世界を 見晴らすようにうれしく、『早く死んでよかった』と、お喜びになられることでしょう」 たとえ、その人が、どこで、どのような姿で亡くなろうとも、 広宣流布に戦い抜いた人は、「仏界の生死」である。 ゆえに、何の心配もいらない。 「早く死んでよかった」といえるような、大歓喜の生命で、大宇宙を自在に 遊戯(ゆうげ)していける。 死は休息である。 生命の充電ともいえる。 そして再び、自分の生まれたい場所にへ生まれたい姿で生まれてくるのである。 また、「故人の勝利」の証(あかし)として、残された家族は、 必ず勝っていくことができる。絶対に幸福になっていく。 それが仏法である。 これまで多くの人を見てきた、私の確信である。 やむことのない「生死」の流転の苦しみ。 生命の根本的な迷いである「元品の無明」。 これらを解決できるのは、妙法しかない。 「生死を見て、嫌い離れるのを、迷いといい、始覚(しかく)というのである。 一方、本有の生死と知見(ちけん)するのを、悟りといい、本覚(ほんがく) というのである」(御義口伝 P754、通解) 「本有の生死」とは、「永遠の生命」に本然的にそなわっている生死である。 つまり、生命を、今世だけと思い、死を恐れ、忌み嫌い、目をふさぐのではない。
これまで、数えきれぬほどの人々の生と死のドラマを見守ってきた。
幾千、幾万の臨終の姿を見、また報告も受けてきた。 その経験に照らして、断言できることは、 たとえ一見、短命のように見えたとしても、 必ず「更賜寿命」の経文のままの功徳の実証が、 何らかの形で厳然と現れているということである。 いわゆる世間の眼や肉眼だけではわからない。 信心の眼から見るとき、そのことは、おのずから感じられるものである。 ------------------------------------------------------------- 宇宙のリズムと合致した人生を生き行くならば、 愛する人と一緒に生まれることもできる。 夫婦でも、子供でも、友人でも、深い愛情で結ばれた人と 未来永遠にわたって、共に生き抜いていける! これが仏法の教えである。 -------------------------------------------------------------- 今日、我が永遠の同志が使命を果たし、 新たに飛び立って逝った。38才
今は海外でご活躍されているが、T副会長も癌になり
余命3ヶ月と言われた。 T副会長が池田先生にご指導を受けた時、池田先生は 「死にたければ、死んだらどうだ」と。 その一言で、パッと目が覚め、必死で題目をあげきった。 そして余命3ヶ月と言われた癌を克服し、今は海外でご活躍され ている。 創価学会員のひとり言より
S・50年9月 第三回ドクター部総会より
瞋恚増劇にして刀兵起り 貪欲増劇にして飢餓起り 愚癡増劇にして疾疫起り 三災起るが故に 煩悩倍隆んに諸見転た熾んなり 御義口伝 P718 「真の医師とは、患者が直面している病気を治すだけでなく、 病気の原因となる時代・社会の歪をも正すべきである」 2006年「青年・躍進の年」 新年明けまして おめでとうございます(^o^)丿 本年も皆さんの健康大勝利を!! 薬王 # by kon890 | 2006-01-10 16:48
①第1の「七つの鐘」 1930年から1979年 創価学会が大発展した時代 ②第2の「七つの鐘」 2001年から2050年 2010年 創立80周年 2030年 創立100周年 2050年 創立120周年 21世紀の前半の50年 「アジアをはじめ世界の平和の基盤をつくってまいりたい」 ③第3の「七つの鐘」 2051年から2100年 21世紀の後半の50年 「『生命の尊厳』の哲学を時代精神にし、世界精神へと定着させたい」 ④第4の「七つの鐘」 2101年から2150年 22世紀の前半 「世界の『恒久の平和』の崩れざる基盤をつくりたい」 ⑤第5の「七つの鐘」 2251年から2200年 22世紀の後半 第4の「七つの鐘」の基盤のうえに、 「絢爛たる人間文化の花が開いていくであろう」 ⑥第6の「七つの鐘」 2201年から2250年 ⑦第7の「七つの鐘」 2251年から2300年 第5の「七つの鐘」が実現すれば、 「第6の『七つの鐘』、第7の『七つの鐘』と進みゆく。 日蓮大聖人の立宗千年(2253年)を迎える 23世紀の半ばごろから、新たな展開が始まるであろう」 # by kon890 | 2005-12-01 01:19
生活習慣病の方から話を聞くと、皆さん、その病気になるには、それなりの原因があるんです。
【成見】 食生活の乱れ、運動不足、ストレス、その背景に、自身の心をコントロールできない 弱さが見られるケースもあります。 【名誉会長】 そうした自律心の欠如は、生活の他の分野にも必ず影響を及ぼしている。 ですから、病気になったことを安易にとらえてはいけない。 イギリスのことわざに「病気は、われわれの本性(ほんしょう)を教えてくれる」とあります。 病を契機(けいき)に生命と人生を見つめ直し、自分の境涯を大きく広げていくべきなのです。 【西山】 病気を患って、病弱な人や高齢者の不自由さを身をもって体験すると、 より多くの人の心が分かるようになると思いますが。 【名誉会長】 その通りです。心が澄んで優しくなれる。 フランスの文豪ロマン・ロランはつづっています。 「病気は往々(おうおう)ためになるものである。病気は身体をこわしながら、魂を解放する、 魂を浄(きよ)める」(豊島与志雄訳『ジャン・クリストフ』岩波書店)と。 それだけでなく、病に立ち向かう人生は、生きる喜びを深く味わえる。
本部相談室へ行った。
女子部の子は、もともとが依存心の強い性格のようで、 相談室ではそれを見抜かれたのか 「ご本尊は何もしてくれないわよ。ご本尊に依存するようなおすがり 信心だったら何時間・何十時間題目をあげていてもだめなのよ。 そうではなく、あなたがご本尊を守っていく祈りをしなさい」と。 「創価学会員のひとり言」より
忘れ得ぬ恩師の指導より
『ご本尊に向かって、この御本尊と大聖人と自分とが区別がないと信じて、 そのありがたさを、心にしみて感謝申し上げていきなさい。 そのようにして、熱心に題目を唱えるとき、 宇宙のリズムとわがリズムと調和して、 宇宙の大生命が即、わが生命とつらなり、 偉大な生命力が涌く現してくるのである』
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